青く紅い日々

オリックス・バファローズと日常

Adiós amigo

あっと言う間に今年も9月に入りました。
 
 
7月13日に突然の戦力外通告を受け、志半ばで1人の選手が日本を去りました。
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グレゴリー・ベロス 内野手 #120
 
 
ドミニカ共和国出身の24歳
 
驚愕のスイングスピード・飛距離で神戸のファンを沸かせ、
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長距離砲では珍しいスイッチヒッター
 
マイナー3年間で通算111盗塁という俊足も持ち、
 
2軍戦でも随時試合に出場。
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個人的には支配下登録されて、1軍戦で京セラドームの外野上段席に放り込む姿を夢見て、
 
応援してきましたが・・・・
 
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高槻市萩谷球場での試合が最後の勇姿となってしまいました。
 
 
フォームだけ見れば場外アーチ、ボールはキャッチャーミットの中というシーンは、
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最後よく見たような気がします。
 
3塁ベース上で、カープのバーデン選手とテンション低めに話していたことが印象に残っています。
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この1週間後、ベロスの戦力外通告が発表されました。
 
そして、2週間後、バーデン選手も母国アメリカへ帰国しました。(再来日は未定)
 
 
同じく戦力外通告を受けたフレディー・バイエスタスは、
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北信越BCの富山サンダーバーズに移籍が決まったため、
 
 
ベロスは
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1人で日本を去っていきました。
 
 
 
 
 
 
ベロスの戦力外通告が発表されてから、1ヵ月後。
 
マエストリがイタリア人として歴史的1勝をあげた8月12日。
 
2軍チームは淡路島で試合を行っていました。
 
 
1塁側のオリックス選手控え室の出入り口に1枚のユニフォームがハンガーにかけられていました。
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風に靡いて見えました。「VELOS 120」
 
ベロスのユニフォームでした。
 
 
兄のように慕っていたカラバイヨや、
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仲の良かった、同い年で同じドミニカ出身のウィルソン・マトスがいなくなった今シーズン。
 
確かに昨シーズンに比べて寂しそうな感じは見て取れました。
 
 
 
でもベロスには日本で出会った日本人のamigoがたくさんできました。
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ベロスが日本人選手と仲良さそうにしているのを見るだけで、
 
もの凄く嬉しかったのを思い出しました。
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特に仲良くしていた丹羽くんや若手選手が
 
「離れてしまっても一緒に戦っている」とベロスのユニフォームを掲げていたんでしょう。
 
淡路島で初めて気付きましたが、神戸でも毎試合掲げているんでしょうね。
 
 
球団にとっては得体の知れない未知の外国人選手、育成枠で年俸は240万円で
 
育てば儲けモン、目を出さなければ帰国させる。くらいにしか思ってなかったんでしょう。
 
 
苦楽を共にし、一緒に戦ったチームメイトには、
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かけがえのない、唯一無二の存在だった。
 
と掲げられていたベロスのユニフォームを見て思いました。
 
 
9月戦線。ウエスタンリーグもクライマックス。
 
首位ソフトバンクから3位オリックスまで3ゲーム差。
 
ドミニカに吉報が届くように、届けられるように、
 
志半ばで去っていった仲間のためにも最後の最後まで戦い抜こう。
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もし、最後に歓喜の輪ができたら120番のユニフォームもそこに加えて欲しいです。